学生たちの政治への無関心

ある人からのメールで、学生たちと話して「政治の話をすると変な目で見られる」という学生がいたのに驚いた、という内容についての返信として・・・

大学生のコメントについてですが、私も今の大学生とあまり変わりません。

恥ずかしながら、私も政治についてはずっと無関心で、本当に関心を持ったのは2019年にれいわ新選組が誕生して、参院選で「生産性で人間の価値を測らない」という言葉を聞いてからです。

ABCD分析でいえば、右側のBDの象限が初めて政治の場で表現されたように感じ、衝撃を覚えました。

同時に、それが政治の場に表れてくるくらいに、日本が弱体化したのだと認識しました。

これまで延々と続いてきたダメな政治の下で虐げられてきた人々が、いよいよ耐力を失いつつあるのだ、というタイミングでしか出てこない言葉だったと思います。

私も耐力のない会社をずっと続けてきたなか、終わりのない新自由主義支配に逆らう持続力をSOTOCHIKUに求めて動き始めたばかりのタイミングでした。

自分と政治の変化がシンクロしないと、きっと政治に希望を持つことができないのだと思います。

きっと多くの学生が、自分たちが虐げられていると自覚したときに、政治に興味を持つことになるのだと思います。

だから、これからの時代は、今まで虐げられてきた者たちの時代になるだろう、と予想しています。

誰かが勝者になるのではなく、誰も敗者にならない時代にしなくては。

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