脱皮

みなさん、お元気ですか?GRIDFRAMEの田中です。前回の通信の後、その中で書いたことを生かして、さまざまな現場で制作をしています。

Horumon EITA.次号に詳細を掲載予定

これまで書いてきたように、ぼくたちは、ある完成形をつくるのが目的でありません。空間に関わる人を取り巻く見えない境界を緩めて、「問いから始まる躍動を取り戻す場」をめざしてつくっています。最近、GRIDFRAMEのサイトを大幅に更新しましたので、ぜひご覧いただければうれしいです。


https://gridframe.co.jp/

<脱皮>

2026年6月、世田谷区下北沢(池ノ上駅)で2件目の美容室リアルクローズをつくらせていただいた。18年前、2008年につくらせていただいた1件目からの移転のためだ。

【つくり手が創造的になれる場として】 RealClothes2008 一対一で客人と向かい合う利休の茶室のように↑

美容師四元さんは「脱皮」を何度か経験した、と言われる。そう、蛇が古い表皮を脱ぎ捨てる、あの現象だ。同じ人生で、違う人間に生まれ変わったような・・・そんな経験が数回ある、ということだ。

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2008年。メールでお問合せをいただき、下北沢駅で待ち合せて、初めてお会いした瞬間に「よろしくお願いします」と両手で力強く握手されたのをよく憶えている。

「東京に来るつもりはなかったんです」
・・・ずっと後になって、当時を思い出しながら、そう言われた。

四元さんは、美容室を京都で出して成功されてきた方だ。そのまま続けていれば、経済的に不安はなかったのに、なぜ東京へ移住されたのか?

四元さんの歩んでこられた道を語ってくださった。

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28歳のときに京都でヘアサロンをつくり、おかげさまで繁盛しました。

お金をかけて、周囲には凄くキレイな店と言われました。

でも、時間が経つにつれて、毎日を愉しめていない自分に気づくようになりました。

美容師になるには、1パターンしかなくて、ヘアカタログを見ながらその通りにつくれるようにひたすら練習するんです。それを何パターンもつくれるようになる。速く切れるようになる。そうやって、売上げを上げていく。

これがめざすべき美容師像。・・・日本中、そうなんです。

お客さんを15分で切って、もうちょっとやりたいな、と思ってもできない。次の人を待たせているから。ずっとそれの繰り返しの毎日。

お金は残るけれども全然愉しくない。だから、ふつうはお金が溜まったら、ある程度の年齢までやって引退するんでしょうね。

やっているうちにモヤモヤしたものがだんだん溜まってくるのを感じていました。でも、このモヤモヤを解消してくれるモノが日本のどこにもないんです。

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それを師に言ったら、パリに行くように勧められたんです。パリでカットのトレーニングを受けてみたら、と。

師に勧められたから行きましたけど、正直な気持ち、このモヤモヤは晴れないだろう、と思っていました。

パリには華やかなイメージがあって、きっとこのカットのトレーニングもおしゃれな場所だろうと予想していたのですが、・・・とんでもない。

【つくり手が創造的になれる場として】 RealClothes2008 サロン入口には刀置きならぬ鋏置き↑

トレーニングの場所は、パリの山手の方で犬のうんちがいっぱい落ちているようなところに在りましたw。倉庫みたいな場所に、美容師たちがホームセンターで買ってDIYでつくったような棚、カットしていると背中が焼けるほど熱くなる工事用の照明、便座の取れたままのトイレ・・・なんじゃこれは???

でも、そんな空間で凄いクオリティの高いヘアスタイルが次々と生み出されていくのです。その手法はエフィラージュカットと呼ばれる、髪の毛に向き合い、その性質を見極めながら、彫刻のように自在に立体的なカタチをつくっていくフランス発祥の手法です。

決められたモノを決められた時間でつくるのではなく、ただいいモノを生み出すという一点に集中するヘアカット。そこに惰性はなく、常に自分を自分との勝負の場に置くことができる。

トレーニングの中で、ぼくのモヤモヤは一気に解消されていきました。そして、この世界で「生きていける」と実感しました。

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日本へ帰ったら、お金をかけた店舗を壊して、鏡を置いたイーゼルだけを置いて、営業してみました。

パリで過ごした雨漏りのする、工事現場のような空間を思うと、カタログから集められたキレイなモノに囲まれる空間は違う、と感じたからです。

・・・結果、売上げは全く変わりませんでした。それでもお客さんは変わらず来てくださったんです。

空間ってなんだろう、と考え始めました。

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ぼくたち美容師は、決められたモノをつくるのではなく、もっと絵描きとか、陶芸家とかに、近いんじゃないだろうか?
ならば、美容室は、お客さんをもてなすためだけでなく、つくり手が創造的につくるための空間であるべきじゃないだろうか?

例えば、ニューヨークの裏路地に描かれた、とんでもなくクオリティが高い落書きと同じ空間でものづくりができたら、その場にいるつくり手は「一切手を抜かずに、今の力を出し切る」ことができるんじゃないだろうか?

だから、空間もつくり手に「何をどうつくるかはお任せする」と同時に、「一切手を抜かずに、今の力を出し切る」ことでつくられた手づくりの空間をつくってほしい、というのが希望です。

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カタチを生み出すつくり手として生きていこうと考えたとき、テクニックは関西でも身につくけれど、センスを常に磨きたくて、東京のヘアメイクの講習に通っていました。

毎週、東京をブラブラしていたら、1件目の物件にぶつかってしまったんです。「こんないい場所が空いてるんだ」と思って、なんとなく気になって何度も来てみて、「まだ空いてるなぁ」と。京都を離れるつもりはなかったので、全くの興味本位でした。

ある日、空いている理由が気になって、なんとなく掲げてある電話番号にかけてしまいました。不動産屋の「場所が悪いから」という答えに驚いて、「ぼくだったら借りるのに」と言ってしまったら、「いくらだったら借りますか?」と言われたので、「いえ、冗談です。ぼくは京都だから絶対借りませんけどね、これくらいだったら」と適当にありえなさそうな金額を言って電話を切りました。

そしたら、次の日、大家さんから直接電話がかかってきて、「その金額でいいので、借りてください」と。その勢いで、契約をしてしまってから初めて、さてどうしようか?と考え始めましたw。

どこにつくってもらおうか、とサイトを探して、GRIDFRAMEのサイトの「汚しうる美」に辿り着きました。
(以上、2021年のインタビューで当時をふりかえって)

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ぼくには、四元さんが語ったこれまでの出来事がひとつの「脱皮」の運動のように見えた。

人が何かに向かい合うときには、次の3つの視点がある。

①経済的視点
=交換可能性・効率・再現性・管理可能性から世界を見る視点

②物語的視点
=意味づけ・共感・ブランド・歴史・理念の視点

③単独的視点
=今ここにある、この人、この髪、この場所と、一対一で向き合う視点
(=交換不可能性・非効率・一回性・管理不可能性から世界を見る視点)

③が②を生み出し、②が①に消費され、やがて②の躍動を失い、人はまた③に返ってくる。・・・人はそんなメビウスの帯を歩いている。

四元さんが京都で感じていた閉塞は、美容業が経済的に成功していなかったからではない。むしろ、十分に機能し、十分に成功していたからこそ、そこにあった意味や手法が少しずつ固定化され、生き生きとした手応えを失っていくことに触れてしまったのだと思う。(②が①に固定された状態)

パリで出会ったのは、きれいに整えられた新しい美容室像ではなかった。

髪の毛の性質を見極め、目の前の人に向き合い、その都度、まだないカタチを探り出していく人たちだった。

そこでは、決められたものを短時間で再現することよりも、今ここでしか生まれないものをつくることが優先されていた。

ぼくには、その出会いが、固定化されていた意味に対して、四元さんがもう一度、③単独的視点を向けることになった瞬間のように思える。

帰国後、京都の店を壊し、イーゼルだけを置いたこと。
2008年、東京の物件に、偶然のように出会ってしまったこと。
そして、下北沢にリアルクローズをつくったこと。

それらはすべて、以前の意味を捨てるためだけの行為ではなかった。

もう一度、自分が創造的につくり続けられる場をつくるための「脱皮」だったのではないか。
2008年のリアルクローズは、四元さんが、つくり手として一切手を抜かずに今の力を出し切るためのアトリエだった。

・・・それから18年が過ぎた。

Real Clothes 2008の解体後↑

四元さんも、ぼくも、その間にいくつもの小さなメビウスの帯の上を歩いてきた。呼吸のように短いものから、人生そのものくらい長いものまで。

2026年、池ノ上につくる新しいリアルクローズでは、店に入って、髪を切り、再び外へ出るという短い時間そのものが、小さなメビウスの帯になるような場を考えた。

来たときと同じ入口から外へ戻る。
けれど、その人は完全に同じ人のままではない。

その小さな変化がそれぞれの人に起こりうるように、空間に仕掛けを施した。

【土舟】

なぜこんなものがこんなところにあるのだろう・・・ぼくらがぼくらの造作についてそう感じる。

おかしな話だが、正直な話だ。そう感じないならば、予定不調和をつくろうとする試みは最初から失敗している。

ぼくらのつくるものは、ぼくらの掌の上にはない。

【小さなメビウスの帯として】
Real Clothes 2026 土舟の下に寝転んで↑

もちろん、準備は入念に行う。

制作方法、調整方法、網が伸びる長さ、最終的な重さ、土はどれだけ強固につくか、落ちる量は許容範囲か、仕上げの質感はどうか、色はどうか、カビは出ないか、・・・。

これまでの経験を元に、できるだけ緻密に、しかし大胆に攻めていく。

安全を最優先することだけは外せない。最終的には、そのために妥協点が重なっていく怖れはある。緊張しない制作はない。

息を殺して、念を込めて手を重ねていく。

でも、結果は予想を、予定調和を超えてくれる。

結局、「する」のではない。「なる」のだ。

ぼくらにとっても、初めて見るモノが現出する。

床に寝転んで、土舟を見上げ、深く息を吸い込む。

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土は、能登地震で壊れた古い酒蔵と住宅から寄付された土壁を水で溶いて塗り付けた。

能登町松波 150年の歴史のある酒蔵の土壁

能登町穴水町 住宅の土壁  

【小さなメビウスの帯】

「土舟をくぐる」とは、重力・不安定さ・柔らかさ・崩壊可能性の近傍を横切ることであり、身体に残る違和感が脳内の位相をリセットする。まっすぐに奥へ進むことも横切った経験を強調する。

土という原始的な素材をくぐり抜ける体験は、都会の喧騒を遮断する防音壁のような心理的効果を生み、鏡の中で更新されていく自己像に深く向き合いながら、コミュニケーションに集中することができる。

髪を切り終え、再びその土の下を通って外へ出るとき、入るときとは少し異なる「土の佇まい」を感じられるかもしれない。

【小さなメビウスの帯として】 Real Clothes 2026  小さなメビウスのシークエンス

【土に包まれる】

トイレとは、地図上のどこにいても一人で胎内に帰ることのできる場所かもしれない。
土舟が弧の外側に人がいるのに対して、ここは弧の内側に人がいる。人は包まれる中で、土塊の間から木漏れ陽のようなやわらかな光を浴びる。

【小さなメビウスの帯として】 Real Clothes 2026  土のアーチに包まれる

【歌舞伎役者の化粧のように】

【小さなメビウスの帯として】 Real Clothes 2026  オシロイの壁

初期状態は石膏ボードに囲まれていた。できる限り、全てを素材として生かしたいと考えて、薄い白を重ねていく。

肌色に白い化粧を重ねた歌舞伎役者のように、艶めかしく見えてくる。その体温のせいか、ずっと昔からここにあったかのようなセット面空間になった。

<生成の方向>

最近、ぼくは世界がずいぶんスカスカになってきたように感じています。

もちろん、美しい建築も、魅力的な商品も、膨大な情報もある。それなのに、身体が反応しない。

以前は世界とはもっと確かなものだと思っていました。けれど、その確かさは、案外外側だけだったのかもしれません。

では、この時代に、どうすれば実の詰まった世界をもう一度つくることができるのでしょうか。

ぼくは空間づくりの観点から提案したいと思います。

結論から言えば、具体的な、目の前の人やモノから空間づくりを始める、ということに尽きると思います。

身体 → 視点 → 価値 → 世界

この方向で世界をつくっていく。目の前の存在に、身体が反応し、視点が生まれ、価値が生まれ、最後に世界が立ち上がる。これは、何かが生成されていく方向です。

一方で、

世界 → 価値 → 視点 → 身体

という順序は、既存の世界観から逆算しています。

「こういう世界観の空間をつくりたい」が先に在れば、そのためには「こういう価値観が必要だ」とふさわしいターゲットを絞り、さらに「こういう視点で見なさい」となり、世界は閉じ始めます。
考える以前に空間に反応してしまう身体には、届きようもありません。

細かい設計が先行した場合、それに合う素材を探し回ることはナンセンスであり、そのため、材料はほぼ全てカタログから選ばれることになります。地球にはこれほど魅力的な素材に溢れているのに、どこも同じような材料しか使われていません。

また、たまたま理想に近い素材が見つかるとそこに「こじつけ」や「でっちあげ」が生じます。こうして、本質が見過ごされていきます。

もし、どの空間もスカスカしているとあなたの身体が反応しているならば、そのためだと思われます。

今回、ぼくたちが入口近くで土舟をつくっているとき、前を通る学校帰りの何組もの小学生たちがじっと立ち止まって見ていました。中には「どうして土が上にあるの?」と質問してくる子もいました。

「どうしてだろうね?」・・・ぼくらにもわからない。

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次号も、SOTOCHIKU の様々な活動について、お伝えしたいと思います。

<SOTOCHIKU通信アーカイブ>

過去の通信すべて、アーカイブページでご覧になることができます。

https://sotochiku.com/category/tsu-shin-archive/

SOTOCHIKU通信へのご感想・ご要望などいただけましたら、大変嬉しく思います。
どうぞよろしくお願いいたします。

配信停止をご希望される方は、田中まで facebook メッセージ、または PC メールtanaka@gridframe.co.jp へご連絡ください。

2026 年 6 月 30 日 GRIDFRAME 田中稔郎

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